3:ヤモリ研究室の日常

 

 指導教員の専門がヤモリの分類なので,自分も少しはヤモリのことがわからないと恥ずかしいなと思うのですが,国産種でさえ,特にGekko属ヤモリは判別形質を見なければ区別することができません.外国産となると,いよいよ全部ミナミヤモリでいいや,となります.それでも,やはり種によって模様や体型(尾の太さや顔の形)が微妙に異なるのか,見慣れると見た目の雰囲気だけで種同定できるようになるようです.
 リボヤモリ Gekko liboensisは,中国貴州省の荔波县(りぼ,または,れいは)という場所から1982年に発見された種です.2014年に我々のラボが調査するまで,世界で標本が3点しか知られておらず,ミナミヤモリのシノニムではないかとさえ言われていました.このリボヤモリ,原記載を読む限りでは,沖縄諸島に分布する未記載種オキナワヤモリ Gekko sp.と区別がつかず,リボヤモリに関する知見不足が,オキナワヤモリの記載が遅れている原因となっていました.この問題に大学院生の頃から頭を悩ませていた私の指導教員は,当時中国四川省にある成都生物研究所でポスドクをやっていた城野さんとそこのヘビ研究者であるディンさんと共に、20年来の苦悩に決着を付けるべく調査に乗り出しました.僕は,お目当てのヘビが採れるのではないかと胸を躍らせ,ついていくことにしました.
 成都から荔波县までは,車でまる二日かかりました.悟空と亀仙人が修行していそうなカルスト地帯を延々と進み,交通事故が原因と思われる交通麻痺を2度耐え,辛い料理でお腹を痛めながら,こんな山奥に町なんてあるのかというほど山々を乗り越え,ついた荔波县は意外にも発展した街でした.聞けば最近観光スポットとして人気を博しているとか.
 ホテルについて早速,郊外の林を散策しているとリボヤモリはあっさり見つかりました.リボヤモリを発見したとき,指導教員と城野さんは口を揃えて「なんだ全然違うやん!」「原記載に写真を一枚でも載せてくれたら迷わなかった」と言いました.僕はただ,「あ,ヤモリがいた」と思いました.その後も続々とリボヤモリは見つかり,リボヤモリの他にもニホンヤモリG. japonicusや,G. chinensisG. adleriなどが見つかりましたが,いずれの場合も僕に「あ,大きなミナミヤモリがいた」以上の感想を与えるものではありませんでした.そう言うくせに,アオヘビにただ横縞がはいっているだけのCyclophiops multicinctusを見つけた時は僕も大興奮していたので,研究対象種への思い入れの違いなんでしょうね.しかしヤモリというやつはどうしてこうそろいもそろってミナミヤモリに似ているんでしょう. 
 その後,調査の成果が論文として受理され,中国のGekko属の種のほとんどを収集した城野さんは,学振PDとしてうちのラボに加わりました.城野さんはGekko属のうちjaponicus species groupに属する種を背面から撮った画像を並べた資料を私に見せてくれ、「どれがニホンヤモリでしょう?」と言いました.僕は十数種が並ぶその中から,なんと見事にニホンヤモリを一発で当てることができました!知らず知らずのうちに,ヤモリを見る眼が養われていたということでしょうか?これでも一応今まで散々ヤモリを見てきたので,ビギナーズラックの段階はとうに卒業しているはずです.ちなみに,指導教員は正解を外し,この時点で私に博士の学位を有するにふさわしい能力があることが証明されたといっても過言ではなかったのですが,念のためキチンと論文を出して,大学院を修了しました.
 ヤモリの絵合わせ同定が多少できるようになったことで調子に乗っている私ですが,実際ゼミでヤモリの分子系統関係を見ると,乾いた笑いしか出てきません.いつの日か,スカっと腑に落ちるような分類体系ができることを期待しています(T.K.).